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京都地方裁判所 昭和46年(レ)25号 判決 1973年1月25日

控訴人

山本貢

右訴訟代理人

西村実太郎

被控訴人

小山又次

右訴訟代理人

小林昭

主文

一  原判決を取消す。

二  本件を京都簡易裁判所に差戻す。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

との判決。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  控訴人の主張

1  控訴人、訴外(第一審原告)高橋利政の両名(以下、単に控訴人らという)と被控訴人間の京都簡易裁判所昭和四五年(ハ)第二〇号農地所有権移転登記手続請求事件たる本件訴訟につき、昭和四五年九月二五日の原審和解期日において、和解条項、(一)被控訴人は本件土地(京都府乙訓郡長岡町大字今里小字細塚二五番地、田一反二畝七歩、同所二六番地の一、田一畝二八歩のうち二五〇坪)に関する農地法五条所定の京都府知事に対する許可申請書を昭和四五年一〇月一〇日までに京都府乙訓郡長岡町農業委員会へ提出する。(二)控訴人ら両名はその余の請求を放棄する。(三)訴訟費用は各自負担する。との裁判上の和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。

2  しかしながら、控訴人らは、被控訴人に対し、昭和四三年九月六日成立の本件土地売買契約に基づき、本件土地につき農地法五条所定の京都府知事の許可を受けたうえ、控訴人ら両名共有名義に所有権移転登記手続をなすことを請求しているものであり、本件和解条項第一項は本件売買契約が有効に成立したことを前提にした条項であるのに反し、第二項を文字どおり、その余の請求をすべて放棄すると解するときは所有権移転登記請求権をも放棄していることになる。つまり、売主たる被控訴人は農地法五条所定の京都府知事に対する許可申請書を提出する義務があるけれども、買主たる控訴人らは京都府知事の許可を受けた場合にも、所有権移転登記請求権を有しないことになる。本件和解調書の第一項と第二項とは互いに矛盾しており、趣旨不明であるから、本件和解は無効である。

3  仮にそうでないとしても、控訴人らは本件和解をするに当り、所有権移転登記請求権を放棄する意思は全然有していなかつたものであり、和解条項第二項ではそれを放棄していることになつている。従つて右の点につき、控訴人らの内心の意思と表示との間に不一致、錯誤があり、所有権移転登記請求権の有無は本件和解の要素であるから、本件和解は無効である。

4  以上のとおり、本件和解は無効であり、本件訴訟はまだ終了していないから、口頭弁論期日の指定を申立る。

二  被控訴人の主張

1  民事訴訟法二〇三条により、裁判上の和解調書には確定判決と同一の効力、従つて既判力があるから、口頭弁論期日指定の申立の方法により裁判上の和解の無効を主張することは許されない。

2  仮にそうでないとしても、本件和解条項には何らの矛盾もなく、本件和解は有効である。本件和解期日において、「被控訴人は、農地法五条所定の許可申請書を提出する義務を認め、許可の場合、被控訴人は所有権移転登記手続をし、不許可の場合、控訴人らは所有権移転登記請求権を放棄する。」という趣旨の和解が成立した。本件和解条項は右の趣旨に解すべきである。

3(一)  控訴人らに錯誤はない。控訴人らは被控訴人から本件土地が公道に面していないことを聞いて本件土地については農地法五条所定の京都府知事の許可を受けることが著しく困難であることおよび許可を受けられなければ所有権移転登記もすることができないことを十分知悉して、本件和解に応じたものであるからである。

(二)  仮に控訴人らに錯誤があつたとしても、控訴人らには法律専門家である弁護士が関与立会して、和解条項をよく検討したうえで本件和解に応じたものであるから、重大な過失がある。

4  以上のとおり、本件和解には何らの瑕疵もなく、本件和解は有効であつて、本件訴訟はすでに終了しているから、控訴人の本件口頭弁論期日指定の申立は不適法として却下されるべきである。

第三  証拠<略>

理由

一本件記録によれば、控訴人らは、昭和四五年一月二一日、京都簡易裁判所(原審)に、昭和四三年九月六日成立の売買契約に基づき、被控訴人に対して、本件土地につき、農地法五条所定の、農地を宅地に転用するために必要な京都府知事の許可を受けたうえ、控訴人ら両名共有名義に所有権移転登記手続をすることを求める本件訴訟を提起し、原審の昭和四五年九月二五日の和解期日において、次の和解条項の訴訟上の和解が成立し、その旨の和解調書が作成された事実を認めうる。

和解条項

(一)  被控訴人は、本件土地に関する農地法五条所定の京都府知事に対する許可申請書を昭和四五年一〇月一〇日までに京都府乙訓郡長岡町農業委員会(本件和解調書の「農地委員会」とあるのは農業委員会の誤記と認める。)へ提出する。

(二)  控訴人ら両名はその余の請求を放棄する。

(三)  訴訟費用は各自負担する。

二当事者が、訴訟上の和解の無効を主張し、口頭弁論期日の指定を求めたときは、裁判所は、期日を指定し、判決を以て其の当否を審査すべきものである(大審院昭和六年四月二二日第三民事部決定、民集一〇巻三八〇頁)。

三よつて、本件和解が無効か否かについて判断する。

本件和解条項第一項は、被控訴人が、控訴人らに対し、本件土地売買契約に基づく、農地法五条所定の許可申請書を提出する義務を認める条項であり、本件和解条項第二項は、控訴人らが、本件土地売買契約に基づく被控訴人に対する本件土地所有権移転登記請求権を放棄する条項である。従つて、本件和解条項第一項と第二項とは文言自体相互に矛盾している。

被控訴人は、「被控訴人は、農地法五条所定の許可申請書を提出する義務を認め、許可の場合、被控訴人は、所有権移転登記手続をし、不許可の場合、控訴人らは、所有権移転登記請求権を放棄する、という趣旨の和解が本件和解期日において成立した。本件和解条項は右の趣旨に解すべきである。」と主張する。しかし、被控訴人主張の趣旨の和解が成立した事実を認めうる証拠はない。

他に、本件和解が有効になるように、本件和解の趣旨を解しうる証拠はない。

従つて、本件和解は、無効であり、本件訴訟終了の効力を有しない。

四よつて、控訴人の本件口頭弁論期日指定の申立は理由があり、これを却下した原判決は不当であるからこれを取消し、更に原審裁判所に本訴請求の当否について審理判断させるため民事訴訟法三八八条により本件を原審裁判所に差戻すこととして、主文のとおり判決する。

(小西勝 工藤雅史 榎本克己)

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